- 前半からの続き-
紳士に感謝を伝え、
次回会う約束をして帰路についた。
購入した荷物がめちゃくちゃ重く、
さらにバスがラッシュで混雑。
ところが、思った以上の出会いと収穫があるならば、
そんなストレスはたいして気にならない。
というか、そんな不便は逆に来い!
という気分にすらなるから不思議。
紳士はさらに、前半にも記したが、
ハービーニコルズで当時働いていた友人と
当時Nicole Farhi で働いていたセールスマネージャーも
紹介してくれるらしい。
これからの具体的な予定も決まり、
これまでより一層足取りは軽い。
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紳士との次の日程が決まるまで、再び地道な活動をしながら、
別ルートで知り合った女性にアポイントを入れていた事を思い出した。
特に違和感なく家に招かれたので、何も予定のない日曜日の午後、その方の自宅に向かった。
迎え入れてくれたのは明るく健康的な女性と
60代後半の男性のご夫妻。
事前にやりとりをしていて、
その内容を踏まえて洋服を用意してくれていた。
ところが、
用意してくれた洋服はどれも新しい。
年代にして、狙いより10年新しい...
結果的に2-3点しか買うものがなく、
さっきまでのご夫婦の’WELCOME’笑顔の断片が頭の中を浮遊する。
バイイングのラインを下げる訳にはいかないから
「もっと見たいんですが、まだありますか?」
と聞く以外選択肢がない。
無ければ、非常に気まずい時間を過ごす事になる。
「散らかってるけど、わたしについてきて!」
と相変わらず元気な女性。
案内された部屋は家の倉庫。
散らかった荷物の中にハンガーラックが2ラックあり、
大事そうにガーメントケースに包まれた洋服が
壁際に並んでいた。
「あなたレディースはやらないの?ここには夫と私の昔の服があるから、自由に見て〜」
こうなれば遠慮は禁物。
荷物を掻き分け、1着目のガーメントケースをめくっていく。
良くありがちなのは、着用する機会のないまま
時が過ぎた礼服が並んでるパターン...
しかし、この日は1着目から貧相なマイナスイメージは
覆される事になった。
あれ、ドルガバ、古い、あれ、初期のドルガバ、
アリカッペリーノ、、、あれ?
なにこれ。
後ろで一部始終を見ていたマダムが、
こちらの感情を見透かす様に絶妙なタイミングで
口を開いた。
「夫はセントマーチンで長年働いていたから、働き出した若い頃に着ていた服なのよ。
ドルチェアンドガッバーナとジリが好きでね…」
エッジの効いたエピソードと
目の前の洋服に少し興奮しながら、
隅から隅までトリプルチェックした。
ひと通り希望する服を女性に渡して、別の部屋に移動。
さあこれから商談かなと思った矢先、
なんと僕がピックアップした洋服が減っていた。
「あれ?ブルーのジャケットは?どこにありますか?」
「あれは、ごめんなさい、彼が91年にロンドンのドルチェアンドガッバーナのオープニングで買った思い出があるから売らないって言い出して…ごめんなさいね、かれは繊細で頑固だから、今回は…」
目の前にあるのに買えない悔しさはなんとも表現しがたい。
テンションはまさに急転直下。
すると再び、彼が恥ずかしそうに苦笑いしながら登場。
また別のジャケットを手に取り、眺めてぶつぶつ言っている。
「これはセントマーチンで初めて教壇に立った時に着ていた思い出のジャケットだな」
と言いながら、またそのジャケットを片手に再び奥に持っていった。
どんどんセンチメンタルになり洋服を奥に持って行く夫。
なんでも売りたい妻。
呆然とする俺。
まるでコメディみたいなトライアングル。
しかし、流れるシチュエーションを客観視できる余裕など無い。
彼の気持ちを尊重したい気持ちは勿論あるが、
こちらも仕事なので、
お会計時に再びあのジャケット2点について交渉した。
待つこと10分…
結果的に、
プライスは高くなったがドルガバのブルージャケットは
なんとか買えた。
一方で初めての教壇に立った時に着ていたジャケットはやはり売れないとの事だった。
でも自分自身に置き換えたら、全く反論する気にならない。
洋服とその人の関係性、
例えば誰かとの思い出やストーリーなど、
本人からすれば、不意に懐かしい匂いや香りで思い出がフラッシュバックするような、
洋服と自分の人生が混ざり合っている状態。
そういう洋服にまつわるパーソナルな一面を垣間見た時に、
なにか心が動く瞬間がある。
特に、ファン心理による好きなミュージシャンやその時代の有名人などではなく、
スポットライトの当たらない、
プライベートの枠を超えない一般市民の場合、
映像や写真を見る機会は限られるから、
そこにより一層興味がある。
それは人の素の状態、飾らないリアルな時代背景を感じる事が出来るからだ。
煌びやかで注目される世界ではない、
一般社会の一般市民の生活において、
目の前にいる人自身が主人公の映画にでも
触れたような錯覚。
誰かの感覚を錯覚する事で、広がる感性がある。
見知らぬ誰かの感性を共有できる事もこの仕事の醍醐味。
「次回来る時にはジャケットも手放すと思うよ」
と言われ、また会う約束をして家を出た。
次はあのジャケットを買うことが出来るか、
いや買わないべきか。
僕が決められることではない。
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その翌日、紹介してもらった当時のNicole Farhi の
セールスマネージャーの自宅を訪問。
ロンドンから1.5時間、ミッドランド。
持参して行った’94の展示会写真の資料に載っているモデルがその方の上司だったと聞かせてくれた。
その他、拙い英語で質問しながら古いNicole Farhiやさらに別の友人の服も買わせてもらった。
帰りに駅近くで食べた中華が激マズだったが、
高揚感に包まれて全く気にならなかった。
その後は地味なバイイングに戻りつつ、
ハービーニコルズで働いていた紳士の友人を交えた2回目の紳士宅訪問。
また別ルートで当時のDJの夏のワードローブなど。
出会いに学び、助けられた買い付けでした。
ちなみに出張に関しては、毎回こんなブログに書く様な
ドラマティックな感じでは無く、
基本的には地味なので、
そこは一応お見知りおき下さい。
また次は洋服について、何か書きます。
今回店頭の内容がブログよりも先行しています。
正に文中に登場した人々の洋服がすでに現在並んでいます。
気になる方はお店でご覧ください。